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武田葉子 プロフィール

 

 
人が自分自身のありのままで、イキイキと生きれる社会になればいいなって思います。

2011年6月 この半年激動の変化でした。

9歳の娘と母と3人で大阪にて暮らしています。
15歳と20歳の娘は、東京で暮らしています。(東京の高校と就職)

2010年12月父が亡くなりました。
そうして、2011年2月12日にとっても元気だった主人が亡くなりました。
いつものように、週3回のトレーニングジムにも通い
いつものように、とっても元気だったけど
突然パタッと倒れ、そのまま亡くなってしまいました。!

ずーっと泣くと、目があかなくなるって知った。
こんなことしていたら、お通夜もお葬式も出来ない!
48歳の彼の死を、可哀想なんて言われたくない!
だから、立派に彼を見送る!

お通夜は大雪、15分で来れる所が1時間2時間とかかったそうで
3時間4時間5時間かかりましたと、12時過ぎまで
多くの人が駆けつけてくれた

みんな彼との思いでを語ってくれる・・・

彼の大学時代のバイトの後輩と言う方が
「本当にいい先輩だったんです」
って泣いていた。

彼は何十年前の事を思い出して、こうやって泣いてくれる
そんな人が一杯いる。

彼はそんな風にいつも人と接してきた。

私は、小学校1年からの同級生で彼を見てきた。
19歳からちゃんとお付き合いして
25歳で結婚して 23年彼と家族を築けて
私は世界一幸せだった!
娘たちにも、
「お母さん、お父さんと結婚して本当によかったよ」って言われる。
本当に本当に感謝しています。
奥さんにここまで言わせるなんて
こんなに素晴らしい人だから
あっという間に亡くなっちゃった?
あなたの人生は素晴らしかったよ。
短かったけど、あなたのこと絶対忘れない、誰より愛している。

夢に描いていた海外赴任が決まっていたの、すっごい楽しみにしていたよね。
行かせてあげたかった。
行きたかったよね。
生きたかったよね。

私は彼が亡くなって
2・3週間は、毎日の事が出来なくて・・・
朝起きて、洗濯のセットと、子供たちを学校へは送る所までは出来るけど
その後、何をしていいのか、毎日分からなくって・・・
化粧する
髪の毛をセットする
着替える
等、
毎日のあたり前に、無意識にしていることを 毎日毎日紙に書いて、出来たら
○をつける。ということをしないと、何をしていいのか、わからない毎日が続いた。
車で出かけたら、毎日通っている道を間違えて
どうして間違えるのか分からなくて、15分位の道なのに
1時間位かかったり
普通に出来るってすごいんだなって思った。
どうなってしまったのか、自分でもわからないくらいにショックで・・・・
この世の中で一番一番愛している人が亡くなるって・・・
自分が分からなくなること???
でも、しなければいけないことが山のようにあって
毎日、その手続きをするので精いっぱいで、ただ悲しむとか、そんなことしていたら
生きていけない手続きがあって、ただひらすら手続きの日々・・・・
子供たちの引越し作業・・

そんな時、3/11に震災
言葉にもならない、もう一つのショック

復興してほしい、元気になってほしい。

主人の命、震災で亡くなった方々の多くの命

生きたかったであろう命が今私にはある。

その命をどう遣うか私次第。

復興を願うなら

まず自分が元気に復活する!

魂となった主人と寄り添うには
魂で生きる!
そう思ったら、永遠の愛を感じ、いつもそばにいてくれているように感じる。

生きたかったであろう命

その命が 私にはある。

魂は永遠だけど・・・

生きているからこそ出来ることがある。
生きている時にしか出来ない事がある

楽しむぞーーーー!!!!(笑顔)

この命を活かして生き切りたい!と思ったら思えば思うほど
内からパワーがみなぎって、毎日大笑いして

大笑い出来る人を増やしたい。

大好きな人から、大好きな人に広がって
素敵な世の中になったら嬉しいな。

自分の未来を創造するように
みんなで、素晴らしい世の中を創造したい!

笑顔が一杯の世の中がいいなぁ(^0^)

そんな気持ちで5月8日の五日市さんの講演会 顔晴った!!
アンケート読んでいて泣きそうに嬉しかった。多くの人が元気になって
笑顔になって、嬉しかった。

これからも、自分がみんなが笑顔になれること一杯していきたいです。






2010年12月時点の自己紹介
家族は 最愛の主人と 
(人としても、男性としても 魂も尊敬してます)
     宝物の娘 9歳15歳20歳
     とてつもなく明るい母と
(明る過ぎてクラクラする位・・) 
     入院中の父と7人家族です。

     以前の父はいつも笑顔で、仏様のようで
     友人達にも よく可愛いって言われていました。
     人間社会のどろどろを記憶と一緒に全部忘れ
     存在そのものが愛になり
     おじいちゃんであって、存在が赤ちゃんのようでしたが
    今は入院しています。

10年の介護で
自慢の認知症のおじいちゃんです。って受け入れられるようになってから、私の周りが魔法をかけたように変わりました。
現実が変わってないのに、どうして心がこんなに穏やかになるのか不思議な位に・・・
私は認知症で手のかかる、可愛い、優しい、笑顔一杯のおじいちゃんが自慢でしたが
今は入院していて、
以前の病院では
ほとんど反応の無い父なのに看護師さんが・
「勇さんが私の癒しなんです」って愛おしそうに、顔を拭いてくださっているのを見て

何も出来なくっても、存在していることが素晴らしい。。。ってよく書いてあるけど
本当にそうなんだなって、思いました。
私は父を愛しているけど、何の反応もない父を癒しだって言ってくださるって、なんだろうって・・・???

以前の病院では、食事介護に毎日朝晩通っていましたが
今の特養病院は全てしてくださって、
私は、病院には1週間か2週間に一度しか
行かなくなってしまいました。
病院に行くと吐き気がするようになって・・・・

でも、父を愛してるし・・・・きっと私を待ってるって・・わかっているけど・・・
特養病院に行くと、
疑問で頭がいっぱいになって
病院のベットで寝ているのみで
行きたいとこにも行けないし・・・
話すことすら出来なくて
どうして生きているんだろう?生きるってなんなんだろうって・・・
苦しくって、悲しくって、でもどうにもできない自分がいて・・・

そんな時
病院に行くと
担当の看護師さんが、父を大切に大切に接して下さっていて
本当に大切に・・・・
そして
無表情で、何も言えない、何もしない父を
「私にはいつも笑っているように見えるんです」って言ってくださって・・・・

ああ、この人は父を愛してくださっている
愛を送ってくださっているって感じて
私も父を愛している、どうしようもないくらいに愛していて
だから、苦しいけど
でも
この「愛している気持ち」が大事なんじゃないかなって
何をするとか
どうとかでなくって

愛せるこの気持ちが大事なんじゃないかなって思ったんです。

家でも、どの病院にいっても
何も出来なくって、寝たきりになったのに
誰からもすっごい愛されている父を尊敬しているし
本当に大切なことを教え続けてくれる父を
本当に本当に愛しています。

でも病院にやっぱり行けなくって・・・
自分に矛盾一杯感じるけど

その分、私は「生きる」ということに真剣に向き合って
せっかく生かさせてもらっているんだから
一杯笑って生きようって思います。

私の笑顔で癒されるって、言ってもらえることが多くって
それがすっごい、ありがたくって
だったら、一杯笑おうって
それが、きっと父も喜んでくれることだと信じて
私は誰より笑う人になりたいし、それが誰かを励ませたら
そんなに嬉しいことはないです。


そして私は本当に素晴らしい友人達に囲まれています。
人って本当にありがたい!!一杯励まされ、助けられてきました。それをその人に返せなくても、
違う人を励まし助けることが出来れば、それはずっとつながっていくはず!

夢叶に今、一杯ステキな人が増えて
皆が笑っていて、本当に嬉しい!!!


魂からの夢を見つけ、育て、叶えながら
ワクワクしながら生きていきたいです。
せっかく、生まれて来たのだから、生かされていることに感謝出来る人でありたいです。
死ぬ時、自分の人生において、これ以上の人生は無かった、最高の人生だった。
全てに感謝します。と思えるように、
今の自分に正直に生きていきたいです。

そうして、友人達 そして社会
存在させてもらってる 地球に ご恩返しが出来れば嬉しいと考えています。

 
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